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2015/03/15
カテゴリー: 長谷川手記
投稿者: admin2

それは2月13日の事でした。鹿児島発14時の飛行機で大阪に行きました。
次の日に中山寺へ皆さんの健康祈願と修行するためです。尼崎のホテルに16時頃着いて,近くの商店街に買物に行っておりました。自転車がたくさん放置されている所を通る時,ひげ面の外人とチラッと目を合わせました。すると,その外人は私に話し掛けてきました。英語で「私の顔を憶えている?」と言っていたのですが,私は「知らないよ」と言って行こうとすると財布の中から写真を出して,「これ僕の友だちだよ。あなた知っているでしょ」と私に見せました。そういえば10年くらいだったと思いますが,イランから日本に流れて来て,露店でピアスやブレスレットを売っていた人の写真でした。私はもう話し掛けてきた外国人の名前すら忘れていたのですが,ヤラン君はイランに帰って材木屋で働いていて,ヤラン君の部屋には私と写した写真を4枚くらい貼ってあると以前,他のイラン人から聞きました。彼はヤラン君の話をしばらくしていましたが「今,お金が無いので私の家に連れて行って欲しい」と言いましたが,私は彼を信じる事が出来ないので断りましたら「お金が無いので食事をしたい」と言いましたので二人で吉野家で牛丼を食べ,コーヒーを飲み20分くらいで別れました。
ここまで皆様だったら私のお人好しに一笑して終わりだと思うでしょう。私は名前も知らない人に何も助けてあげられなかった事を反省する心とこれで良かったのだと二つの考えがずっと頭に残っていました。殺伐とした世の中,数千円の事で殺人事件があったりします。恐ろしい世の中なのでイラン人の方が事件を起こさないかとても心配しました。
私も海外に出ます。色々な国で親切にされます。ある時は40分くらいホテルから空港迄タクシーに乗ったのですが,タクシーの運転手は無料にして頂きました。ベトナムでは服を買ったら,もう一枚無料で貰いました。別の国では靴を買ったらディナーに招待されて,初めて会う人から多くの優しさを受けました。一回ではなく何回も親切や優しさを受けます。私の心の中では,イラン人の人とは以前何回か会っているのに牛丼とコーヒーしか与えられなかった事に苛立ちを感じます。友だちに話すと「もう十分でしょう」と言われました。受けた恩は大きいのに人に返した恩は小さすぎます。
以前,私の尊敬するお寺の住職さんに教えられました。優しさはいくらしてもまだ足りないよ。先祖供養もいくらしても足りないとね。
1週間くらいボーッとする時間があれば,あのイラン人は今,何をしているかなと考えていました。これが私の優しさなのでしょうか?お節介なのでしょうか?
私が高校受験で合格した時,アルバイト先の社長さんの息子のお兄さんは大学生だったのですが,私に綺麗な靴と学生帽を買ってくれました。今の私は心を与える事しか出来ません。心を与えるという事は自分の時間とそれをする為の労力(体)を使っております。母は私に教えました。人の舌は場所によっては味が違うと。
今は何でも有りの世の中になっています。真実は1つしかないのですが,今でも悩みながら生きています。皆様も手前で物事を考えながら生きていたら後悔ばかり後からくっついてきますよ。

2015/03/07
カテゴリー: 長谷川手記
投稿者: admin2

人形や祈願用紙を持って私は毎月,益救神社に皆様の健康とお願い事をしに屋久島に行きます。
昨年10月くらいまでは山登りのお客様がたくさん来ておられました。世界遺産になってからは外国のお客様もたくさん見かけたのですが,最近の屋久島は少し淋しいです。
私はプラス思考なので今,自分を振り返るのにはまたとないチャンスだと思っております。
世間を見ていますと,何の罪も無い将来有望な子供たちや大きな智恵を持ったお年寄りが簡単に殺されるのを聞きますと何と切ない世の中になったのかと思い,心が折れそうになります。
今,世間では叱られたい若者がいて,1時間に1,000円から5,000円払って叱られる若者が多いとテレビで言っていました。
皆様考えてください。お年寄りは同じ事を何回も言っているのでうるさいと思われますが,私はお年寄りと話す事は好きです。お年寄りはゆっくりとした口調で何回も同じ事を言いますが,私はそんな時は自分の考え方とお年寄りの長い経験談を自分のものさしで計りながら聞いています。
昨年末に89才の少し痴呆の入った女性と話しました。話し方はトロトロと話されますが,私は学びました。
① 少しの事で腹を立てるな。
② なってしまった事はもう仕方がないでしょ。
③ 何事もすぐに諦めたらいけないよ。
私にとって大きな大きな収穫でした。
今の若い人は本当に優しいのですが,ゲームやパチンコをして人とのコミュニケーションが下手くそと考えました。私は観光客の少ない屋久島に行って,神社で長い時間,自分を探しに行きます。殺伐とした世の中と皆さんは思われますが,会社で学校で家庭で自分ひとりになる時間は少ないと思います。
今は寒いので海に行きましても車の中から沈みゆく夕陽をいつまでも見ていたり,静かな神社で鳥の鳴き声を聞きながら自分探しをしています。若い人と話をしても「行きたいのだけど時間が無い」と言われます。89才のおばあさんは「思っていても何も始まらないよ。私は若い頃はあちこちで行きました」と言いました。遠くでなくてもいいです。今,文句が言える自分に感謝する事が自分の出発(旅立ち)の第一歩ではないでしょうか?
私はお医者様から言われました。「長谷川さん。あなたはガンが転移して体にはまだガンが有りますよ。今度再発したら保証は出来ませんよ」と。ガンの再発を恐れて生きていません。朝起きた時,元気な自分と神様にお礼を言いながら生きています。
屋久島は本当に何も足さない静かな所です。今年は皆様も自分探しの近場の場所に行かれる事を心から望んでいます。寒い日が続いていますので,風邪などをひかないよう頑張ってくださいますように・・・。