私は1月生れです。先日はたくさんの皆様から誕生日のお祝いや励ましの言葉を頂きまして有難うございました。
おめでたい事とは裏腹に,昨年の暮れに屋久島で暗がりを歩いていたらこけまして,鼻にすり傷をつくって,頭の前頭部を切りました。私の頭にはガンの病気治療中に強い薬を飲んだのか,毛髪がほとんど有りませんので,こけた時,頭と顔が温かくなりました。手で触ってみたらべったり血が出ていましたので,正月前なのにと,自分のドジさに落ち込みました。
正月を迎えて気分良く,さあー今年も頑張るぞ!と思ったら,すぐに電話がきて良い事と悪い事の知らせが同時にきました。正月三が日はゆっくり寝正月をと考えていたのですが,逆に寝不足の正月になりました。皆様は如何な正月を迎えましたか?若い方たちはボーナスが出なかった!という話を何人か聞きまして,私は心を痛めております。

私は29才で鹿児島に帰って来た時は,お金が10万円も無かったです。女房はテトロンの安い安い着物を2枚持っていまして,文句も言わず毎日洗濯をして代わる代わる着ていました。私は3枚100円の靴下を履いて,上下で1000円くらいのズボンとシャツを着て,お好み焼を焼いていました。世間の皆様はきれいな洋服を着ておられて,私は自分にいつも言い聞かせておりました。着ている物は安物でも,心だけは貧乏のならないように子供たちも同じでした。世間のお父さん,お母さんは子供だけは苦労させたくないと言われますが,私は親と同じ苦労を子供にもさせたいと考えていました。末っ子の幸司は店にいる私の傍に来まして,「お父さん,今日も大根とジャガイモの煮付けだよ」とよく言いました。
今,このような事を書ける自分と元気な子供たちに感謝しています。子供たちは3人共好き嫌いが今でも無いです。満たされて生きてきたのなら,子供たちは今,好き嫌いがたくさんあったかもしれません。