先日,私は兵庫県宝塚市にある中山寺に御参りに行くべく、昼の飛行機で大阪伊丹空港に着き、その足で尼崎のホテルに着きました。
夕食を食べに商店街を歩いていますと,上は白い半袖シャツに,下は青の半ズボン姿のお年寄りから話し掛けられました。「もしかしたら,あなたは長谷川君ではないですか?」私は全く覚えが無くて,「自分は長谷川ですが,あなたはどなたですか?」3回くらい言葉を交わしているうちに,彼は「僕は中山(仮名)です」と言いました。私は全然解らないでいますと,「そやなぁ。実は,顔は整形しとるから解らんやろなぁ-」と言ってきました。5~6分くらい立ち話をしているうちに記憶が戻ってきて,彼と喫茶店に行きました。
以前,私が住友金属で働いていた時の友だちでした。彼は若い時はプライドの高い友だちで,2年で住友金属を退社して,自分の人生を変えたくて顔の整形をして,大阪市内で商売をしたり,スナックを経営して結婚も4回失敗し,子供が5人いるけど子供たちから捨てられた事を話して,借金も○千万円あると話しました。身内の人とも連絡が取れず,今は生活保護を受けて食べているそうです。彼は66才。中山君曰く,「肝硬変と腎臓が悪くて,後は死ぬのを待っている」との話でした。
ここで終わればいいのですが,昔,お寺のお坊さんがお説法で皆さんに話された事。「人が10人いたら10通りの物語があるのだよ。だから人様の事を簡単に批判してはいけないよ」と言われたのを憶えています。
私たちはコーヒーを飲んで,軽く食事を済ませて別れましたが,心が痛くて,コーヒーはカップ1杯を飲めませんでした。食事も皿に入っている好きな料理を取る食堂でしたが,私は御飯に卵をかけて食べただけでした。味噌汁と焼き魚には手を付けられません。彼は冷奴と刺身を食べていました。中山君と一緒にいた時間は3時間くらいでしたが,その夜は中山君と違う中山君といたのが不思議でした。(彼は整形手術をしていたので変な感じでした)その夜はホテルで寝付けなかったのです。

この手記を読んで皆様はどう感じられましたか?私は心臓や胃に病気を持ちながらでも,気持ちはいつも前向きです。決してその時(今だけ)が楽しければよいという気持ちにはなれません。若い将来性のある皆様,今を変えていかないと,年を取っても何も変わっていない自分がいますよ。一番大切な武器は「勇気」です。自分にクソーと思いながら生きている今に感謝しながら頑張っています。生きていれば色々有りますので・・・。