過去の投稿

あなたは現在 2014年11月 の投稿をご覧頂いています。
2014/11/24
カテゴリー: 長谷川手記
投稿者: admin2

先日,19才の時に知り合った咲季(仮名)ちゃんが久し振りに私の所へ御伺いに来ました。咲季ちゃんは今,54才に成っていて医療関係の仕事をしています。咲季ちゃんはとってもお金持ちで幸福な家庭に生れたのですが,お父さんと仲が悪く,わざと不幸な道を歩いてきました。でも,私と似ていて人からとやかく言われるのが嫌いで,自由気ままに生きています。だから今でもお金が無くて大変そうです。咲季ちゃんは私の言う事は昔から聞いてくれます。今でも仲が良く,妻と私と3人で話していると,いつも2時間くらい話します。(本当は1時間の予約です)
先日来た時にお医者様の中山君(今は大きな病院の偉い人です)に失礼な書き方をしましたね!でも私の心の中では,昔のサッカー好きな優しい青年だったのです。一番仲の良かった奈良君(今は福岡の大病院の院長です),坂上君(山口県で病院を経営しています),山田君(県外の大きな病院の副院長です),武山君(仮名)は岡山県の病院を経営している大金持ちの先生です。今回はとても失礼な書き方をして,お医者様には申し訳ありません。お許しください。それぞれの方はとても有名になられていらっしゃいます。傍に私が行けば,私は恥ずかしくて緊張する事と思います。学生時代はお酒に酔って,私の店の前の公園で夜中に木に登って長い間「ミーン,ミーン」と蝉の鳴き声を真似したり,営業中の店のプレートを家に持って帰ったり,酒に酔うと何でも有りの悪ガキでした。でも私の店が暇なときは飲み屋さんから唐揚げを夜食に買って来てくれたり,その当時はコンビニが無かったのでいつも飲んだ後に手土産を持って来て一緒に食べたのを憶えています。
私が心臓病で入院した時はお医者様が御見舞いに来てくださいました。ガンの手術をした時も花束を持って来てくださいました。
大きな病気をした時,多くのお医者様が見舞いに来て頂けます。私は恥ずかしいので来ないでくださいといつも言っています。先生は決まって「それは長谷川さんに徳があるからですよ。僕たちは貧乏学生の時,いっぱい助けて頂いたので僕たちは当たり前の事をしています。」今は,先生方は忙しいので会う事は難しいですが私の心の中に気さくで優しかった先生たちの姿は今でもよく思い出します。
今日は37年間変わらずお付き合いをさせて頂いている先生に言ってきました。「人助けもよく解りますが,自分の体も大切にしてください。無理ばかりして頑張っている先生も入院しますよ」と言うと,「長谷川先生の言う事はよく当たるので怖い」と言われました。本山先生(仮名)は学生の頃,銭湯で会うといつも私の背中を流してくれました。人助けに忙しい先生方,どうかいつまでもお元気で・・・。私のコラムをいつも読んでくださっている皆様,私は微力ではありますが皆様の幸福をお祈りせずにはいられません。一番強い武器は勇気と睡眠です。皆様,お体を大切にしてください。  合掌

2014/11/03
カテゴリー: 長谷川手記
投稿者: admin2

いつも私のサイトを開いて頂き有り難うございます。
最近はたくさんの方たちがサイトを開いてくださいますので嬉しく思うのと,ヘマは出来ないと慎重になって2日前からなかなかペンが進みません。今は朝の4時です。やっとプレッシャーをかけながら書いております。今後とも宜しくお願い致します。
10月8日,私は松﨑君と元町を歩いていましたら「パパ,パパ」と2回誰かが私を呼んでいました。私は気付かずに歩いていますと,松﨑君が先生,外国人の人が先生と呼んでいますよとの由。振り返るとベトナム人のタン君でした。そういえば,4年くらい会っていなかったです。タン君は三宮の地下街でベトナム料理店を10年開いています。彼はたどたどしい日本語(結構上手でした)でお客様を一人一人大切にして頑張っていました。タン君を見ていると,私の足りないものをいっぱい持っていまして,笑顔を絶やさない人です。私が入店しますとパパは特別に優しい人だからと言って,いつも特別席に案内してくれました。でも私はパクチが苦手なので食事の後,気持ちが悪くなります。
ガンの手術が終わって2年後にベトナムのホーチミンに妻と松﨑君,三重君と行きました。私の快気祝いだったそうです。ベトナムでもホテルのみそ汁にパクチが入っていて,少しきつかったです。ベトナムの記州という日本料理店で食べた幕の内定食が今でも美味しかった事を憶えております。
話は元に戻りますが,タン君と一緒にハノイへ一緒に行く約束をして,まだ約束を果たしていません。9日の日にタン君の店に4年振りに行きましたが,タン君の店は大繁盛でした。三宮の地下街では土,日曜日以外はお客様はあまり来ないそうです。でもタン君のお店はいっぱいお客様が入っています。お客の6組くらいは旅行カバンを持った人がわざわざ食べに来ていました。4年経った今でもタン君は「パパ,パパ」と言って帰るまで私の横にいてくれました。金髪の外人やアジア人や国際色豊かな店です。来年の3月くらいに一緒にハノイに行くかもしれません。39才のタン君はハノイに大きな家と土地を買ったそうです。10年前のハノイは仕事が無く,タン君は裸一貫で神戸に来たそうです。10年間でハノイに財を成し遂げた人です。色々と苦労した人です。
タン君は,「つらい時,苦しい時は修行していると考えて頑張りました。パパと知り合えた事は財産ですと・・・」言いました。有り難い事です。心から感謝しています。
最近は寒くなると心臓が苦しくなります。今,弱音を吐いてしまいました。でも私は仕事がきついとか,つらいとか,給料が安いとか,時間が無いとかそういう類の言い訳は絶対にしません。もし,そんな事を考えたら一つ一つ改善していきます。自分の考え方が足りない!視野が狭いから!能力が無いからでないでしょうか。悩んでばかりいないでチャレンジしてみては!だんだん年老いて体が動かなくなったら後悔するでしょう。何事も感謝する事から始まります。12月にタン君に会いに行きます。彼からもパワーを貰って来ます。