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2011/08/27
カテゴリー: 長谷川手記
投稿者: admin2

いつも私のサイトを見て,励ましのご連絡を頂きまして有難うございます。
私の中で,毎週コラムを変えるように松永君(私を助けてくださっている方です)と話をしていました。

3週間,孫たちが里帰りをしていまして,孫たちが「じいちゃん,何しているの」といつも話し掛けてくれまして,それが楽しくて机に向かうのですが,この3週間はとても賑やかで,上手くタイミングが合わせられなくて,コラムが書けませんでした。これは娘の夫(浩君)の理解があったからだと感謝しています。
下の孫(女の子で2才半)が「じいちゃん,ご飯食べよう」と誘いに来てくれたり,トイレ行こうと言われて便器から落ちないように見ていたら,「何しているの。早く出て行ってよ」と叱られたり,「じいちゃん,1人で東京に来れる?もし来たらディズニーランドに連れて行ってあげる」と言われました。偉そうに。当然のような顔をして言われるとそれが又可愛いでした。「また,お正月に来てあげるね」と言って,帰って行きました。

孫たちが帰って,2日間グターとしていたのは疲れでしょうか?淋しくなったからでしょうか。3週間,1人で暮らしていた浩君,ゆっくりできましたか?淋しかったですか?
妻は孫たちと話す為,感度の良い携帯電話を買い替えました。

2011/08/25
カテゴリー: 長谷川手記
投稿者: admin2

観音登光会では8月13日から8月15日迄,先祖供養を致しました。たくさんの果物,盆菓子をお供えして御先祖様のご冥福を祈りました。
皆様の御先祖様に御経をあげていますと,2時間がすぐに終った様に感じました。

100人の母が涙を流したら,100通りの涙があると祖母から聞かされていました。お墓参りをしていますと祖母が生前,大阪で芝居を見たいと言っていましたので,私は19才の頃,祖母の手を引いて大阪難波の寄席を見に連れて行きました。祖母は24年間,寄席に行った事を話していたのを思い出しました。
母は強い人で,つらい,苦しいという泣きの言葉を聞いた事は無かったです。だから,私は妻から頑固だとよく言われるのでしょう。その母は,私が高校入試で合格した時に大泣きしていたのを憶えています。
父の事は大嫌いで,父のそばに行かなかったです(浮気ばかりしていたので)。でも死ぬ前日,私に体を拭いてくれと言いました。次の日,父は死ぬ直前,私の手を握り「勉,色々ありがとう」と言って目を閉じました。
御先祖様,私に良い思い出をいっぱいくれましてありがとう。父さん,今は父さんの心が解る様な気がします。「父さんありがとう」と話し掛けて帰って来ました。

墓参りは,私を原点に帰してくれます。皆様もこの空間を持ちましたか?

2011/08/09
カテゴリー: 長谷川手記
投稿者: admin2

先日もサイトの写真を新しく入れ替えようと思い,古い写真を出して来ましたら,懐かしい写真がいっぱい出て来ました。昔は白黒写真でそのままの姿が,その通り写っています。この当時はどんな色の服を着ていたか?一緒に写っている友だちは今,どうしているのか?一緒に写っている友だちは今,どうしているのか?あの当時はどんな事を考えて,どんな遊びをしていたのか?考えていると懐かしくて1人で笑っています。
元々,つらい時は写真を写さないでしょう。桜の満開の下で,青い海原の中で,古寺仏閣の前,どの写真を見ても私を古き良き時代へいざなってくれます。

その中に忘れられない6枚の写真が出て来ました。私が16才の頃,一緒に仕事をしていた先輩で,9才年上の方でした。いつもあか抜けたかっこいい方でした。私が歩いているといつも側に来て,ダサいとか悪趣味とかだらしないと言われていました。高い服を着なくてもよいのでキチッとした格好をしなさいと先輩が教えてくれました。その他色々なエピソードが多くあり,写真は私を16才や20才と昔へ私を引き戻してくれます。
今でも自分の考え方が止まってしまった時に写真を見て,もっと気合を入れないといかんとかあの頃よりももっと楽しく生きたいと強く考えます。

先日テレビで写真を見る事は脳のホルモンを活発化するので良いとどこかの先生が言われていました。
写真を見て自分の歴史を振り返って見てはどうでしょうか?
プラス思考の方だったらモチベーションが上がりますよ。

2011/07/27
カテゴリー: 長谷川手記
投稿者: admin2

今年の5月頃から体調不良の方が多く,内臓系の病気をされている人が多々おられて,それが逆にストレスになっています。
8月の13日から15日迄お盆で墓参りにふるさとに帰られる方が多いと思います。
ふるさとに帰れば,懐かしい友人,後輩,恩師そしてあなたの帰りを一番の楽しみに待っている親がいます。友人たちと懐かしい話をしたり,親交を深める楽しみも大切です。でも,半日でもよいですから親や兄弟と食事に行ってください。
親は思い出で生きるものです。あなたに優しい言葉を掛けられた事,お土産を貰った事,それだけで親はパワーアップして,体調の悪い時はあなたの事を思い出して元気になりますよ。それが親孝行なんですよ。おふくろに5000円でもあげれば,100万円貰ったくらい嬉しいのですよ。
もし親が亡くなっておられたら,親の好きだった食べ物をお供えしてください。あなたが悩んだ時,きっと陰から力を与えてくださいますよ。また帰る時には親の後姿を目に焼き付けて帰ってください。親はあなたに何かを訴えているはずです。

もし仕事でふるさとに帰れない時は電話をしてあげてください。

2011/07/20
カテゴリー: 長谷川手記
投稿者: admin2

今から29年前の話です。
私がテレビに出演させて頂いた時,お坊様がそのテレビを見ていらっしゃって,私を訪ねて来てくださいました。その時少女が川で溺れ死んでお通夜に行った時,その少女はひまわりの柄の浴衣を両親が着せていたそうです。そのまま次の日にお葬式があって,そのお坊様は火葬場迄行って,供養のお経をあげて少女を見送ったそうです。それから10日位後にお寺の中庭の小さな松の木に10日前に死んだ少女が着ていたひまわり柄の浴衣が掛かっていたそうです。
お坊様は亡くなった少女の家に電話して聞いたところ,その浴衣は少女が好きだったので,火葬した時に着せていったのでもう無いはずと言われたそうです。お坊様はその浴衣にお経をあげて火葬しました。
その1ヶ月後,井戸に落ちて亡くなった少女がいて,そのお葬式に行きましたら,その少女もひまわり柄の浴衣を着ていたそうです。そのお葬式が終わって,9月のお彼岸の中日(ちゅうにち)にまた,お寺の松の木にひまわり柄の浴衣が掛かっていたそうです。お坊様はそのひまわり柄の浴衣にお経をあげて供養していたら,背中の方から少女の声がして「お父さ~ん,お母さ~ん」と泣きながら呼んでいたそうです。お坊様は「まだその少女への供養が足らないんですね」と話されました。
「生きている子供の面倒をみるが,死んだ子供はほったらかしにされるんですね。死んだ仏様をもっと大切にして供養しないと自分もいつかはほったらかしにされるんですよ。」と言われました。

私はお盆の時期がくる度に,このお坊さんの話を思い出します。簡単に子供をおろして供養をしていない若い方たち,水子さんの成仏できずに泣いている姿を忘れないでください。

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